お鈴のとりあえず毎日

マレーシア人の嫁とホーチミンで暮らすお話。

第30話 鈴木君と後藤君

いよいよ一年に一回程度の更新頻度になってきたこのブログだが、この数ヶ月何もなかったと言えばそうではない。やはり一番大きな変化といえば、人は未来にタイムトラベルできるのか?という問題を自分の中で噛み砕き、「できない」と結論が出た事だと思う。ただ、光の速さで動けてもろもろの影響を受けない前程で考えると、未来に行ったっきりはできそうだ。ここでの未来の定義は「自分から見た世界が幾ばくか先にある」であり、時空をまたぐ類の話ではない。つまり、全ては同じ三次元の中で起こっている話だ。これを未来だというなら、未来には行くことができる。


それでは一緒に考えていこう。反論や間違ってるところがあれば是非教えて頂きたい。


説明していくにあたり、いくつか固めて置かないといけない定義がある。
1つ目は上記の書いた未来というモノの考え方。


2つ目は光は不変だが、時間は不変ではない。という事。
どうして時間が不変ではないのかは、難しすぎて全く理解できず説明のしようがないが、どうやら動く物質の速度が光の速度に近ずくと、物質に流れる時間が遅くなるようだ。
これは一般相対性理論で立証されていて、実際にそうなったという実験もされている。有名なものだと、地上に置いた時計と、ジェット機に乗せた時計とで同じタイミングで針を動かし、ジェット機が地球を一周して同じタイミングで止めると59ナノ秒(1ナノ=10億分の1秒)の遅れがジェット機の時計に出たというものだ。


3つ目は高速で人間が動いた時に起こる時間の進み方以外のあらゆる影響を考えない。


この3つの考えを固めた上で、わかりやすく説明していく。
ジェット機程度の速度でも時間に遅れが出るという事は、光の速さで動いている人はもっと時間の流れが遅くなる。ここでは簡単に光速時の時間の進み方を10分の1で考えてみよう。
鈴木君と後藤君が同じ腕時計をしている。同じタイミングで針をスタートさせる。スタートと同時に鈴木君は光の速さで動きはじめた。後藤君は60分経過した時に時計を止める。光の速さで動いていた鈴木君も、後藤君が時間を止めたタイミングで動くのやめて時計を止める。すると後藤君の時計は60分経過しているのたいし、鈴木君の時計はまだ6分しか経過していないのだ。
これは上記の書いたジェット機の話と全く同じ考え方だ。
この考えで時間を伸ばしてみると、鈴木君が光の速さ2年動き続けると、後藤君の時間は20年たっている事になる。
鈴木君は35歳から37歳になったの対し、後藤君は35歳から55歳になり、短髪で白髪交じりの初老になっている。
鈴木君は2年しか時間がたっていないのに、後藤君は20年たち初老になっている、この状況は鈴木君から見ると未来である。


ここでの未来とは何かを予言できるというわけでもなければ、また過去に戻れるものでもない。ましてや、鈴木君が過去、現在で2人存在するという話でもない。同じ現在で、時間の流れ方が鈴木君だけ遅くなっただけの話だ。ただ、光速で動く事をやめた鈴木君から世界を見ると、少し時間が先に進んでいるという話。それを未来というなら、いつか未来に行けるんだろうと思う。

 

 


全盛期という物は常に未来にある。

 

第29話 2020年と620

~謹賀新年~

昨年は格別 の御厚情を賜り、厚く御礼を申し上げます。

本年も皆様にご満足いただけ執筆を心がける所存でございますので、 何とぞ昨年同様のご愛顧を賜わりますよう、お願い申し上げます。

皆様のご健勝と益々のご発展を心よりお祈りいたします。

本年もどうぞ宜しくお願い申し上げます。

 


さて2019年の12月に日本行きの激安チケットを発見してしまい、急遽年末年始を日本で過ごさせていただいた。と言っても1/1の朝5時にバスに乗らないとホーチミンに戻れない激しい日程だった。安さには理由がある。

年末の28日に、成田に到着するも準備不足の僕は短パンTシャツ姿でJAPANに舞たった。さりげなく嫁、息子は手荷物に防寒着を準備していたので僕は強がることに全神経を捧げた。一刻も早く預けてているラゲッチバックの元に向かいたいが状況を全く理解していない息子の「ウンチー」の一言で、到着ゲートの最も近くのトイレ前で鳥肌の数を永遠に近い時間数えるハメになった。620をカウントするかしないかで意識は飛びかかりそこから先は覚えていない。

記憶がつながったのは暖かい缶コーヒーを片手にガッチリ着込んで喫煙所でタバコに火をつけるところからだ。人間は生命を維持させるために一時的にあらゆる機能を制限していくと昔キリマンジャロに挑む登山家の方が言っていたが、あれはそれだったのではと思っている。

到着後、東京で1泊して地元に戻った。年末に日本にいる事が12年ぶりだったので地元の友人に忘年会をやろうと誘っていた。翌日の忘年会を前に成田でのサブイボカウント事件の後遺症なのか激しい喉の痛みと熱のダブルパンチをもらってしまい寝込んでしまった。寝込んだその日は爺様婆様を含めた家族での食事会があったが、それは息子と嫁に任せて僕は家で明日に控えている忘年会に照準を合わせてひたすら寝込んだ。

当日はやや回復するも若干の不安を抱えていた僕は、ルル6錠+ユンケルという体力の前借りを実施して忘年会にのぞんだ

午前3時ごろに魔法がとけて再び生命を維持させるためのモードに入ったあたりから記憶がなくなってしまった。翌日は泥のように眠っていたようで、嫁、息子のせっかくの日本での時間をせまい実家で過ごさせてしまった事はやや反省する。

 

 

 

逆境にはそれより大きな成長の種が隠されている。

第28話 チャンピオンと法則

お久しぶりにも程があるが、久方ぶりにブログを更新していこうと思う。

というのも、まさに昨日なのだが、我が家の伝説のチャンピオンでもある嫁から強烈なディスをボディーに受けてしまった。たまらずワンダウンを許したものの、底から湧いてくる怒りを抑えることなど出来ず、慌てて執筆をはじめる事で自我をコントロールしようとしている。
最近は息子の休みに合わせて、日曜日にお休みをいただく事が多い。昨日もお休みを頂き息子の頭をマルコメに仕上げた。昼飯も食べ、息子はお昼寝タイムに突入したので僕も遊びに行こうと支度を始めた。するとチャンピオンから「毎日遊んでいるんだから、日曜日くらい家にいれば?」との強烈なボディーをおみまいされた。あまりのパワーワードに言葉なくうずくまる事しか出来なかったよ。少し前の僕ならその辺の木に登り、激しく枝を揺らすなどの威嚇行動を取っていたと思うが、チャンピオンからのキレッキレの嫌味に膝から崩れた。
ただ、僕の中の荒ぶる闘魂が底から湧き上がるのを確かに感じ取っていた。夕食までいつもの5倍くらいのタバコを消費して考えた結果、週6日遊ぶのも7日遊ぶのも対して変わらないという方程式を導き出すことに成功した。6=7の法則だ。
チャンピオンが作った美味しい食事を息子と食べ、僕はタバコを買いに行くと残し夜の街にくりだした。強い物と闘う時は、ただただ自分を信じればいいのだから。


翌朝にわかったが、6=7の法則は成立しないようだ。訂正して謝罪を申し上げたい。

 

 

 


その夢は必ず次の誰かにつながる。だからひたすらに掘ればいい。

 

第27話 バリカンとまゆげ

少し前のブログにも書いたが、髪の毛が硬いせいか、よくバリカンが壊れる。先日も切っている途中に動かなくなってしまい、息子のバリカンを借りて仕上げた。俺のことをウイルスか何かと勘違いしている嫁は、息子のバリカンを僕が使う事を嫌がっていた。その動きにイラッとしたので、息子のバリカンを洗わず無造作に洗面台に放置して俺はバイクで出勤した。平成の終わりを感じる風が頬をかすめ、坊主にしたばかりの頭皮はヘルメット中で湿った。

昨日はベトナムで3台目となるバリカンを買いにいつもの電気屋に行った。平日という事もあってか、お客さんより従業員の方が多いことをエスカレーターで気にしながら最上階に向かった。最上階の小さなスペースに4種類のバリカンがあり、どれにしよう迷っているとスタッフさんがプレッシャーをかけてきた。そのプレッシャーは無言で近くにたたずむというパターンのマークだったので、背中で「俺は坊主のプロだ。」と言わんばかりに4種類のバリカンを触っては首をかしげるという動きで応戦した。

普段なら一番安いやつを買うのだが、隣にある充電式のものに心が動かされていた。「世界はこれからAI、人工知能時代なのに、俺はコードレスのバリカンさえ買ったことがないなんてマズイ!時代に取り残される。」

もう気持ちを抑えることなんてできなかった。


意気揚々と帰宅。


お侍さんが新しい刀を手にすると試したくなる。まさにそんな気持ちだった。

新しいバリカンはなめらかで、いつもの半分ほどの時間で作業が終わった。定食食べたけど、まだちょっと食べたい時と同じ感覚が、洗面台の僕にそろりそろりと近ずいてきた。

まゆ毛しか残されていない。それはもう偶然でも運命でもない、必然だった。

自分に嘘なんてつけるはずがないのだから。

 

 

 

恐るならやるな、やるなら恐るなら。

第26話 トミカを床に走らせて

息子と2人でユーチューブをみていると、僕が小さい頃に観ていた忍たま乱太郎があったので、一緒に観ることにした。当時は気づかなかったが、主題歌がなかなかロックな歌詞で「ヤリたい子とヤッたもん勝ち、青春なら。」とのっけからハードにかましてくれた。やっぱり青春はそうでなきゃならないが、なかなか難しい話はだ。まずいろんな意味で勇気が必要で、80%、90いや、100%必要だ。そうさ100%勇気なのである。勇気の使い方は学校では教えてくれないが、こういったみじかななところで我々に教えてくれていたのだと思う。

 

 

息子の幼稚園の休みに合わせて、嫁と息子はマレーシアに行く予定だった。その日は18時のフライトであったが、少し前にメールでディレイの連絡が入っていた。嫁は久しぶりの実家だったので、朝からウキウキしているのが、モップをかけている後ろ姿から溢れていた。いつもなら、床に落ちているゴミと旦那である僕の区別がつかないほどに集中しているモップがけ七段の嫁も、今日ばかりは鼻歌まじりであった。息子はバカのひとつ覚えのトミカを床に走らせては、取りに行くという遊びに興じている。時折、お父さん見て見てと僕の視線を集めようとするが、そのトミカの遊びはすでに4万回ほど見ているから丁寧にお断りして、先に仕事に出かけた。
18時ごろに電話がなった。嫁からだ。悲しそうな声で「今日マレーシアに帰れないみたい。」と。事情を聞くと少し前に更新したパスポートとレジデンスカードの番号が一致しないためだと。続けてすでに2ヶ月くらい不法滞在になっているとの事だった。電話の向こうではこの事態を全く分かっていない息子が「スクールバスは、4人のれるね?」と斜め上な質問を嫁へと投げかけている声がうっすらと聞こえた。
ざっくり状況を聞くだけでもなかなか難しい問題なのは把握できた。とりあえず嫁にイミグレーションオフィスで待機するよに話し電話をきった。その時 僕は、とっても楽しみにしていたマレーシアへの帰省をどうにかさせてあげたい、などとは微塵も感じてはいない。頭をよぎったのは今夜の麻雀大会をどうすればいいか?だけであった。意気消沈して帰ってくる嫁を前にさすがに僕も「今日、麻雀行ってくる」とは言えない。ここでそんな危険牌は打てない。打ったら飛ぶ。焼き鳥もついてる、チップも相当持っていかれる。今俺に出来ることをやるしかなかった。
ミスターチュンや弁護士さんなどに事情を話すと、空港に知り合いがいてもしかしたら無理くりねじ込める可能性が出てきた。運良く飛行機の出発が遅れていたので、大慌てで必要な手続きをしてもらい、なんとか飛行機に乗れるようになった。ご尽力いただいた方々には感謝しかない。

 

 


レスリングの吉田沙保里さんが引退するというニュースが流れてきた。僕は全くレスリングの事はわからないが、吉田選手が最強という事は知っていた。
「相手が自分のタックルを研究して対策してくる、だから全員タックルで倒した。」というエピソードが大好きだ。
驚いたのは身長が157cmということ。「闘気や気迫がすごいと相手が巨大に見える」という例のアレは本当に存在する。

 


逆風はねのけ風に乗れクラシック

 

 

第25話 織田信長とボジョレーヌーヴォー

息子ももうじき3歳になろうとしている。言葉の数も増えてきているし、自分の好き嫌いなども出てきている。子育て中に迷う事は多々あるが、自分を育ててくれた母や父ならどうするのか?などと考えて行動の指針にしている。ビシネスの上でも、昔の上司ならなんて言うのか?や、どんなふうに改善したのか?などと考え参考にするし、困った時は直接相談させていただいたりする。つい最近も、もつ鍋屋での事を昔の上司に相談したばかりだ。
そんな時に思いついたのが、織田信長ならどうしたのか?とい考えかただ。あの荒くれ者たちが多くいた時代に日本をおさめた人物なので、僕のような雑魚の悩みなど秒で答えが出るに違いない。それから1週間ほど、織田さんを召喚して日々を過ごした。結果としては、ほとんどの問題に「打ち首じゃー」となってしまうので、秒で判断はできるが、解決した事にならなかった。マネジャーのミスターちゅんに至っては、空想上で12回ほど叩き切ってしまう結果に。そもそも、織田さんの考えかたができるなら、ここでブログなど書いてない。


結論:現代のビジネスには織田信長は適さない。


さぁ今年もこの時期が近ずいている。そう、ボジョレーヌーヴォーだ。
参考までにいつものをここに貼っておく。。


2000年:出来は上々で申し分の無い仕上がり
2001年:ここ10年で最高
2002年:過去10年で最高と言われた2001年を上回る出来栄え
2003年:100年に一度の出来
2004年:香りが良くなかなかの出来栄え
2005年:ここ数年で最高
2006年:昨年同様良い出来栄え
2007年:柔らかく果実味が豊かで上質な味わい
2008年:豊かな果実味と程良い酸味が調和した味
2009年:50年に一度の出来栄え
2010年:1950年以降最高の出来と言われた2009年と同等の出来
2011年:近年の当たり年である2009年に匹敵する出来
2012年:史上最悪の不作だが品質は良く健全。糖度と酸度のバランスが良く軽やか
2013年:ブドウの収穫量は少ないが、みずみずしさが感じられる素晴らしい品質
2014年:近年の当たり年である2009年と肩を並べるクオリティ
2015年:我がワイン人生最良のヌーヴォー
2016年:エレガントで酸味と果実味のバランスがとれた上品な味わい
2017年:豊満で朗らか、絹のようにしなやか。しかもフレッシュで輝かしい


今年のキャッチコピーも予想しておく。
「2015年に匹敵する出来栄え。太陽に吠えろ!」
ちなみに弊社でのボジョレーヌーヴォーの取り扱いはありません。

 


若者は好きにやれ。生傷はたやすな。棺桶に乗って漕ぎまくれ。

 

第24話 チームワークと闘いの舞

普段と違う行動が必要な時は意識していないと、勝手に普段の流れになってしまうことがある。そんな僕もかれこれ3日くらい歯磨き粉を買い忘れている。歯磨き粉が 「もう無理!」という状況から3日もひねり出していると、雀の涙くらいなら一生出るんじゃないかと錯覚すらする。最後の最後は歯ブラシを置き、下から丁寧に丸め、両手の親指でねじ込むように押し出すと、いつもの倍くらい出るパターンで、謎に、今日も買い忘すれるかもしれないから一応半分戻してみたりする。そんな今日は、嫁の歯磨き粉をもらいにもう一つの洗面台に行くと、ふうの空いた三種類の歯磨き粉が鎮座していて、「俺がひねりにひねってる時にコイツ」と文字には起こせない感情が湧いたので、歯磨き粉のCMくらいの量を歯ブラシに出して、贅沢な歯磨きをして出勤した。


少し前にエアコン掃除の仕事を始めたのだが、ありがたい事に多くの友人から応援を頂いている。これに関しては感謝が尽きない。そんな友人の1人が、「友達のお店のエアコンが効かないから掃除にこれるか」というか依頼を受けた。口コミが広がっていく事に喜びを感じてメールのやり取りを続けていると、場所がインドネシアのバリ島との事だった。インドネシア進出を段取る必要がありそうだ。友人から、「早くエアコンの効いた快適な暮らしができるようにダンスをしている、たたかいの舞です。」と一枚の写真が送られてきた。すぐに駆けつけてあげられない事に、心苦しさを感じている。

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何か宣伝ばかりしているようで気が引けるが、もつ鍋屋で起こった出来事も今日はリリースしておく。
チームで仕事をしていればミスはつきものだ。何も無い日は何もないくらいに毎日がハプニングの連続だが、先日起こった出来事はいつもとは違った。発端はありがちなオーダーの間違い。生ビール3つのオーダーが、もつ鍋3人前と間違えてオーダー。キッチンがすでに作った後に、この事をマネージャーが気づいた。僕はタバコを外で吸い、帰ってくるとスタッフがざわざわしていた。マネージャーから説明を受け、どうやったら生ビールともつ鍋を聞き間違えるのか?と、ピリっとしたが、「気をつけて」と優しく声をかけた。にも関わらず、マネージャーから、「社長が間違えたんですよ」と、まさかの戦闘開始のゴングを鳴らされた。わかりやすく説明すると、栽培マンにボコられるヤムチャが、戦闘力53万の私に仙豆も持たずに挑んでいるとでも表現したらわかっていただけるだろうか。ここまで力の差があると逆に冷静になれる。マネージャーの言い分を聞き、一つ一つ間違いを指摘して、逃げ道をなくしていった。豊臣秀吉がよく使った戦術にも似たそのやり方で、追い込んで行くと、「じゃー、カメラのチェックして」とマネージャーがさらに語気を強めた。僕は一向に構わない。「これでハッキリしちゃうよ、いいの?」と僕。完全に逃げ道を塞ぐ形は取りたくなかったが、それを望むのであれば、確かめざるをえない。お店も落ち着き録画の映像を観ると、生3とスタッフが言っているのにレジでもつ鍋3と入力している、二級河川の石ころのような後頭部がハッキリと映っていた。

 


小さな事業を自分の実力でまわすのではなく、大きな事業を他人の力を借りてまわしていくのが事業家である。